
それから三四時間後に空腹をうったえる腹の虫によって目覚めさせられた。
これから後の空腹を救うものは携帯燃料の空缶に大事に残された灰色の塩だけであった。いや、もう一つあった。それは大事に残して置いた椰子のコプラの一片(かけ)である。
コプラは椰子の実の中皮に、くっついた蝋の様な油脂で病人が空腹の夜中に食するは余りにも適しないことを知っていたので、私は缶の底が見えそうになっている少し許の塩を一本の箸(椰子木を削って作った)にチョッピリと付けて舐め水筒の水をがぶがぶと呑んだ。
箸の先に付いた灰色の結晶はダイヤモンドにも増して大事な宝物である。
この大事な宝物で腹の虫を一時間おとなしくさせることが出来るのである。
一と舐め一時間の睡眠(ねむり)を買うダイヤモンドも残り少なく後何日持つであろうと考えると心細い限りである。
うとうと眠りについたが一時間は束の間、いつとはなしに目覚める。意識がはっきりして来るにつれ空腹が頭一杯に広がって来る、腹の虫がまた一しきり暴れ廻る。「椰子の水が飲み度いなあ」「コプラの若い柔らかいのが喰い度いなあ」妄想が頭の中を走り抜ける、コプラのことから筑波軍曹がコプラを呉れとせがんだ事が思い出された。
それは昨日の事である、自分の持っていたコプラをせっせと食べて仕舞った筑波軍曹が私がまだコプラを大事に持っていることを知っていて、半分呉れと云うのだ。筑波軍曹は私がそれを断る事が身を切られる様に辛い事を知って居るかの様にしきりにねだるのだった。丁度その時は筑波軍曹がひどい下痢の最中でコプラ等は以ての外何も喰わない事が一番よいのである。私は断固として「何も喰わない方がよいのだ、喰ったら死ぬぞ」と云って断った。食べ物のうらみはこわいと云うか、その時の彼の目はたとえ様もなく、うらめしそうな、哀願する様なそしてゾッとする程の何物かをたたえた、そのくせ輝きのない瞳が凝結した様に今にも魂がそこから抜け出て来そうに思えたことを思い出し、隣の隣に寝ている筑波軍曹を、頭をもたげてのぞいて見た。少しむくみは来ているが今は安らかに寝息を立てて眠っている。「コプラをやらなくてよかったのだ」と自分に云い聞かせ乍ら、「本当は自分が欲しくてやれなかったのだ」と自分の心の中をのぞき込んで見たりした。序で乍ら読書諸君も、「食べ物の恨みは恐い」の章を思い出して戴き度い。
病気の兵隊達の前で、ストロングな兵隊達が、旨そうに食べる食物をじっと見つめる病兵達のその目の色を、そして、ストロングな兵隊達の中でも特に頑強な兵隊が何時の間にか、しかもロクな病気もせず食当たりか何かで、ころりと死んで行ったりした事を、私は病兵達の執念と結び付けて考え「食べ物の恨みは恐いと云う諺の意味をかみしめたものであった。 |