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魂は何処へ行く
再度の応召
美しき富士
  
上陸
製塩隊
  薪取り
  汐汲み
  塩炊き
月の海邊
月夜蟹
パンの実
椰子の葉
ミサツプ岬
終戦
  ムッシュ島の日々

野戦病院へのあこがれ
野戦病院
人を呪わば穴二つ
  腹の虫
  灰色のダイヤ
  生き霊
  悔恨
発言(はつごん) お題目
在るやなしや
トカゲ
ヒルの味
環境と教育

天皇陛下
労働組合の社会的責任は何か
晩年、入院中の歌
 
父の遺稿集について
 
附録




魂は何処へ行く



 屍は焼かれて灰となり形は変わっても物質は不滅なのに、魂は?人の心は何処へ行くのだろう。初めから無かったのだろうか、それとも死と同時に肉体が活動を終止し、魂が孤立し肉体が魂を表現する力を失う丈けで、私たちの目には見えない世界で、手に触る事の出来ない世界で、この大宇宙の空間に無形の因子として浮遊するのであろうか、万一そうであるなれば霊魂の不滅説も物質不滅の原理と相対的にわかるような気がするが、如何に科学が発達しても魂の証明は難しかろう、それは物質の限界を離れた無の世界の問題だからだ。
 誰も死以後の魂の行方を知らない、死とは何であろう、医学的には脳波の止まった時だとか何とか 私には難しい事は解らないが魂と肉体の分離を死と考えたら、魂とは何だろう?辞書によれば「生物の体に宿り精神作用をつかさどると考えられるもの・精神・気力等々」となっている。こう書いてくると中学生か小学生の理屈を一歩も出ていないのであるが、現代化学でも自然科学でも解明出来ない魂の問題は推理するより仕方がないのである。
死!死別の悲しみ、私はそれを知っている。だが死の先の世界を知らない、誰も知らない。しかし知らない事が死後の世界即ち魂の世界がないと云う事に継がらない。
 昭和五十四年四月一日のサンケイ新聞の日曜インタビューの欄で電気工学者で文化勲章授賞者岡部金次郎先生と松浦行真氏の「魂の核は不生不滅!!」の対談を読んで我が意を得たりとペンを取った。
私の推理を続けよう、推理と云っても私は物質不滅の原理から霊魂不滅を推理するだけで、簡単に云えば私はこう思う丈である。魂には重力もなく、色も形もない空気のような存在で何かの縁に触れる迄はこの大宇宙で自転を繰り返すであろう。魂は無形なるが故に摩擦はなく、終止(おわり)がない、魂が肉体を離れる瞬間の安らぎか苦悩かのいずれかの状態で、永遠なる自転を開始する。
 その苦悩を、その安らぎを告げる力が肉体に残っていない重病の時も、瞬時として生命を失う事故死の時も、誰もそれを知る事が出来なくても、魂は苦悩か安らぎかのいずれか一つを選んで自転する。地球が未来永劫まで自転するように!
 私は霊魂の不滅を信ずる理屈は簡単である、物質でさえ不滅なのに!いや万物すべて不生不滅ではないでしょうか、すべて形が変わった丈で、生まれても死んでも、そこなわれても燃えても、所詮は増えも減りもしない目先だけが変わったにすぎない、森羅万象統べて不増不滅ではないでしょうか、いやどの様に書いても霊魂の不滅の証明にはならないだろう只そう信ずる丈である。
 私は毎朝法華経をあげる、なぜお経をあげるかそれは追々説明を進めよう。




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