
人は誰でも、ふとした事で人間以上の何物かの力(化学や科学では解明出来ない、不思議な力)を感ずる事がある。
それは人間に未知の部分が残されているからで、化学の発達や知識の進むにつれて解明される、現に未開発の時代には不思議とされていた事が次ぎつぎと常識化されたではないか、女人(にょにん)のシンボルがその昔出生の神秘を秘めたるが故に神格化され信仰の対象となった時代があったことは、神社の鳥居の造形から容易に想像される。
今では子供でも地球が円形(まるい)ことを知ってい、而し現代でも洋の東西を問わず幽霊や霊魂の存在については意見は一致しない。
ある者は在ると信じ、ある者は無いと信ずる。この場合信ずると云う表現以外に適切な言葉があるだろうか。
来世についても同じである。いまだ曾てあの世から帰ってきた人はいない。否!それを証明することが出来た人はいない。人の話にはよく聞くことである「私はあの世の入口まで行って来た、それは暗い暗い道だった、普通なら提灯でもないと歩けないのに私は黙って西へ西へと歩いていた。それは日の沈む方角の様に思われたから確かに西の方角である。やがて大小の石がごろごろところがっている河原に出た、暗い闇の中に水の流れる音が聞こえる、突然後ろからオーイオーイと自分の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、ぼんやりと明るい、やがて私の顔をのぞき込んでいる看護兵の顔がボンヤリと映った。そして昨日の激しい戦闘の模様がパノラマの様に思い出されて来た。意識が戻ると急に胸の当たりがおさえ付けられ焼け付く激しい痛みに又気が遠くなった」これは九龍香港攻略で胸部貫通銃傷を負った兵隊が後から看護兵に語った処によるものだが、彼は又こうも言った、「霊魂は祖国へ帰ると云うから東へ向って海の中を通って帰って行くのなら、話は解るが何故西へ西へと歩いたのだろう?あれは夢だったのだろうか?」と。彼は好運にも命を取り留めて広東の陸軍病院で静養していたが、内地送還と決まり、私達は南方(パラオ)に向かった、後で知った事だが彼の乗った船は米潜水艦に撃沈されて遂に彼は祖国の土を再び踏む事は出来なかった。
そして彼の口から「サイの河原の情景を再び聞くことは出来なくなった。
彼が今尚生きていて、それを問いただした処で、彼は「実感はあるのだが、而しそれは自分の潜在意識のせいだったのか、又夢だったのか、ハッキリ云えない」と。
又彼がキッパリと「あの世はある、現に私が見て来た」と云ったとしても、それを証明する方法はないし、誰も信ずるものもない。 |