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魂は何処へ行く
再度の応召
美しき富士
  
上陸
製塩隊
  薪取り
  汐汲み
  塩炊き
月の海邊
月夜蟹
パンの実
椰子の葉
ミサツプ岬
終戦
  ムッシュ島の日々

野戦病院へのあこがれ
野戦病院
人を呪わば穴二つ
  腹の虫
  灰色のダイヤ
  生き霊
  悔恨
発言(はつごん) お題目
在るやなしや
トカゲ
ヒルの味
環境と教育

天皇陛下
労働組合の社会的責任は何か
晩年、入院中の歌
 
父の遺稿集について
 
附録




ヒルの味



 一寸(ちょっと)やそっとでは味わい得ないヒルの味をご披露しよう。小川にはいって沢蟹を捕っていると三十糎もあろうか、黒と茶の縦じまの馬ビルが水面を上下運動をしながら見る見る近付いて来て、何時の間にかゲートルの間に頭を突っ込んで、なけなしの血一滴を吸おうとする、憎さも憎し、どうして呉れようかと、小川の端(へり)を見ればちょうど炊飯の残り火が薄煙を上げている、これ幸いと、ゲートルに吸い付いているヒルを枯れた小枝の先で、やっとのことで残り火の中に入れる。くるくると丸まってポツンと音を立てる、中指の先ほどの大きさだ、しかし少しは腹の足しになるだろうと、指先で摘んで両手で交互に移し替えして、冷ましてから口の中に放り込む、ゴキゴキと中に固い味と云えば、さんざ噛み飽きたチュウインガムの噛み粕で溝の泥を包んだ様な味で、流石に空腹の口にも何とも云えぬ嫌な臭いと味、上げそうになったが、それでも吐き出すのがもったいなくて、喉の奥へ呑み込んだ。流石に二度とヒルは喰う気が起こらなかったが、この日のことを思い出すとジュンと目頭が熱くなる。
 ヒルに吸われた経験のある人ならヒルがどんなに執念深い奴か知っていよう、やっとのことで吸い口をはずしたら他の方が吸い付いている、どちらが口で、どちらが穴か解らない、吸盤を両端に持っている、まるで両方に口がある様だ、こんな動物を生のまま食ったら、腹の中で胃も腸もたまったものではないだろう。世の中には「焼いても煮ても食えない」という俗語があるがヒルなどはまさにこの部類だろう。
焼いて食ってもゲーが出る様な代物だし、それ程食い甲斐のある代物でもないが、見つけたら食わなくてはいられない飢餓の状態、それは正に餓鬼道だ、本当に喉から黒い手が・・・蟻でも、トカゲでもバッタでも何でも生きて動くものならどんなものでも口の中へ引きずり込んでしまう、カメレオンの舌の様な孫の手より小さい真っ黒い手が喉の奥に生えて、その手にせき立てられる様に食べ物探しに血眼になったあの頃のことを思うと胸が引き締められる。
 戦後内地に帰還し、病院生活をしていた頃は勿論元の職場に復職した当時も戦争の話を他人に余りした事がない、何故って?
 話をしようとすると涙が先に出て来て仕舞うからだ、人に語るには余りにも悲しい、そこには余りにも苦しい地獄絵が描き出されるからだ。
 あなたなら何日食べなかったら、トカゲやバッタを生で食べる気になりますか?
 私も初めの頃はトカゲを焼いて食べ、その中に生で皮をむいて食べる様になり、やがて皮も捨てられない様になり、とうとうトカゲを見つけ次第棒で叩き、土を払って頭からボリボリとやる様になりました。トカゲは頭からかじられても口元で尻尾を左右にヒクヒクと動かしています。まるで鶏がトカゲをつついて食べている様よろしくです。味は?トカゲは最上でした。刺身を食べているより旨かった、それは生理的なものであったと思います。何と云っても蛋白源の少ないニューギニアのことですからね。

 ハングリーが過ぎると、
  どんな平和主義者でも、生きる為に戦わなくてはならなくなる。

 飢えとは何であるのか?あなたはご存知ですか。飢えを知らない国民!自国の食糧の八〇%以上を輸入に頼っている日本の国民諸君!あなた達は、本当の飢えと云うものがどんなものか御存知か。
 亭主が稼いで運んで来た月給で三食昼寝付きで、尚且つ不服を云っている日本の奥さん方よ、お前さん達は、世界の為に何をしたと云うのだ。釘一本、米一粒でも作って見たか。今世界の何処かで何億と云う人間が飢えであえいでいるというのに。この現実をあなたはどう見ているのか、普通の家庭で水と云わず、電力と云わず、食糧と云わず、どれ丈け無駄に使われているのか。日本の家庭の食事の一割の無駄を省いたら世界の飢えた人口の何%かは救えるのだ。
 日本の主婦よ、政府に対し古米でも古々米でも飢えた人間に与える様、それこそ、おさもじ運動でも興したらどうだろう。米を作り過ぎると余って困ると考えるのは、日本丈を見ているからだ。余ったら、飢えている国民に無償で送ったらいい。余りにも物質主義に流れ、而かも物に対する感謝の気持ちを忘れた、今日の風調に、私は叫ばずにはいられない。贅沢に慣れ過ぎるな!感謝の気持ちを忘れるな!と。






Copyright (C) 1981,1993, 2003 小野信輝, 小野和輝