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魂は何処へ行く
再度の応召
美しき富士
  
上陸
製塩隊
  薪取り
  汐汲み
  塩炊き
月の海邊
月夜蟹
パンの実
椰子の葉
ミサツプ岬
終戦
  ムッシュ島の日々

野戦病院へのあこがれ
野戦病院
人を呪わば穴二つ
  腹の虫
  灰色のダイヤ
  生き霊
  悔恨
発言(はつごん) お題目
在るやなしや
トカゲ
ヒルの味
環境と教育

天皇陛下
労働組合の社会的責任は何か
晩年、入院中の歌
 
父の遺稿集について
 
附録




汐汲み



 汐汲み班は四名で午前中に四回海水を空樽(一斗樽=十八リットル)に詰め、海から製塩場まで約二百米を往復するのである。
 樽はチゲに確か蔓(つる)で縛り付けてありチゲを担げば樽も一所に担げることになる。 樽の鏡は付けた儘とし、栓を開けっ放しにしてチゲを担いだ儘海に這入り少し、しゃがみ込めば海水はブクブクと音を立てて樽に這入る、少し許時間は懸かるが、暑いニューギニアのこと、海水浴をしていると思えば気にならない、褌一本の作業だから濡れても製塩場に着く頃は乾いてしまう。
 元気な兵隊は午前中にノルマの四回を済ませて、午後は休養出来るが、薪取り班をお払い箱になり汐汲み班に這入った私にはそうは行かない、午前中二回午後二回やっとの思いで杖を頼りにヨタヨタと運ぶのである。塩焼釜へ海水を移すのは釜炊きに怒鳴られながら頭を下げて頼むのである。釜炊きが居ない時は暫く休んでやっとの思いで釜の縁に樽を乗せ、息を弾ませ乍ら、ゆっくりと海水を注ぐのである。
 こんな具合だから四回が三回になる事もあるが誰も文句を言わない、誠心誠意やっているのは誰の目にも解るらしい。
 時によると四回目は夕方になり釜を炊き始める時刻に近くなることもある。
 海は夕焼けを映して薄赤く波が荒くなり、樽と一所に浮いて流れさうになるのを杖に縋って足を踏ん張り渾身の力で樽を水面から沈め海水を栓の穴から入れるのである。
 元気な兵隊には何でもない仕事だが、私には渾身の力が必要な作業なのだ。
 背中の樽と一緒に流されそうになり乍らやっとの思いで砂浜へ這い上がり二百米の坂の小道を杖に縋って工場まで辿り着くのである。
 澱粉隊から製塩隊に送られて来る澱粉は一人当り一日二合、それも毎日必ず送られて来るとは限らないのである。
 二合の澱粉は澱粉焼きにすれば二枚焼け一食一枚として二食分である。これを一枚丈け澱粉焼きして残りの一合の澱粉を葛掻(くずかき)(土人語でサクサクと云う)にして野草を入れて食えば二食分になる。澱粉が送られて来ない日もあるので、そんな日の為に食い延ばしをしておかないと一日中野草だけで暮らさなければならない事になるので兵隊達はトカゲや蛙や蟹や蛇やムボ芋や野草など手当たり次第何でも漁って、食物の量を増すことと、澱粉料理の変化のなさに少しでも目先を変え様と工夫するのである。
 元気な兵隊達はノルマを午前中で終わらせ、昼食後の昼寝をしてからでも十分食物を集める時間がある、野鳥を打ちに行ったり、塩と野菜の交換に土人の部落迄出掛けたりした。然し私は夕刻までノルマが掛かるので、夕食の野草探しが済んで夕食を食べたらもう倒れる様に寝込んでしまうのである。
 疲れて寝込むのであるから内地でなら朝までぐっすり寝る処であろうが、三四時間たつと腹の虫がキュウキュウ鳴いて起こして呉れるのである、これからの二、三時間が私の食物漁りの時間である、こっそりと寝床を抜け出し、蚊帳で作った掬い網を持って、海岸へひょろひょろと出掛けるのである。






Copyright (C) 1981,1993, 2003 小野信輝, 小野和輝