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魂は何処へ行く
再度の応召
美しき富士
  
上陸
製塩隊
  薪取り
  汐汲み
  塩炊き
月の海邊
月夜蟹
パンの実
椰子の葉
ミサツプ岬
終戦
  ムッシュ島の日々

野戦病院へのあこがれ
野戦病院
人を呪わば穴二つ
  腹の虫
  灰色のダイヤ
  生き霊
  悔恨
発言(はつごん) お題目
在るやなしや
トカゲ
ヒルの味
環境と教育

天皇陛下
労働組合の社会的責任は何か
晩年、入院中の歌
 
父の遺稿集について
 
附録






 椰子の葉を通してギラギラと南の太陽が、蹲(うずくま)った小生の軍衣に斑(まだら)に光って居た。彼は夜半から微睡(まどろ)む暇もなく、何十遍となく、今彼がしゃがんで居る椰子の木陰に雑草の茂みを切り開いて作った野天便所によろよろと通い続けて居たが夜間の冷え冷えとした空気が彼の下痢を一層猛烈にし、半丁余り離れたジャングルの中に椰子の葉で葺いた宿舎(掘立小屋)にやっと帰り付いた時には又もや引き返さねばならなかったので彼はとうとう九時間前から時折紙の代用に芭蕉の枯れ葉を集めに付近をよろよろと歩いた丈で殆ど便所に蹲った儘だった。或時は激痛の為に脂汗を滲ませ乍ら朝鮮人参の様に細い手で、何処に残って居たのか、渾身の力を込めて腹を押さえてうつぷし、それでも我慢がならない時は、ころげ廻って苦しんで居たが誰も彼を見向きもせず夫々の仕事に出掛けていった。又激痛が去った時、彼は何を考える力もなく、ボンヤリと元気な兵隊達のラワンを挽く帯鋸の音を聞いて居た。彼にはマラリヤ蚊の襲撃も、ウジャウジャ音を立てて盛り上がっては又沈んで行く白いウジの波が彼の尻の下一尺の処にウネッて居る事も一向に気にならなかった。
 太陽の動きにつれて椰子の葉影が移動し、時々は南国の午後二時の太陽がまともに赫っと彼の全身を呑み、周囲の(・・)きれは、蒸し風呂の様に白くゆれていたが彼の五体の中は最早水分が残って居ないのかの如く汗すら滲まなかった。下痢が遠のいた時芭蕉の枯葉でしりをふき其の儘二三歩、泳ぐ様によろよろと枯葉の様に体を横たえてまどろむのであった。














Copyright (C) 1981,1993, 2003 小野信輝, 小野和輝