
昭和五十一年十一月十日、天皇陛下在位五十年式典の日、私は会社の事務室で帳簿を付けておりました。私の向かい合わせの机には経理の責任者、そして、その隣は助手の××さんの席です。先刻から、××さんは天皇在位五十年式典について盛んに反対論をぶっているのを私は聞くともなく聞いていたが、「費用がどうの、何のためにくだらぬ儀式をやるのか」と云うのを聞いて、ついに私はだまっておられなくなり、口を出しました。「鳥でさえ儀式を行うのに人間世界で儀式があって何の不思議がありませう。第一、終戦の時天皇がいなかったら今の日本はどうなっていたろうか。一家の中でも、そうであるが、父親を尊敬し、父親の誕生日を、心から祝う様な家庭は健全な家庭(何故、父親の誕生日を祝はなくてはならないんだ!と云う様な家庭は健全と云えようか)と私は思います。国でも同じこと。天皇は国の父親みたいなもの(私はそう思う)だから国民全体が在位五十年の儀式でも心からお祝いしたいと私は思います。世の中が余り自分本意になり「自由」「自由」と他人の事を考えず自分の自由丈けを主張する傾向が目立つ今日この頃余りにも天皇や皇室を悪し様に云う人が多いので私はあえて今の書を書く気になりました。 |