
南国の長い一日は未だ暮れそうにもない。夕食はシャボシャボのオートミル、定量は飯盒(はんごう)の中蓋に七分目、約一合三勺、食べると云うよりは四五回すすったらもう底には殆ど何も残らない。猫の様に中蓋の縁から底まで舐め盡す。もう塩気も何も感ぜられなくなると、恨めしそうに中蓋を置く、途端に腹がグウッと鳴く、減り過ぎている腹は少し許の食い物を入れられて腹の虫が目を覚ましギュウギュウと鳴く。私は鳴く虫を片手で押さえ静かにベット(担架)に横になる。
やがて鳴いていた虫も治まる、ジッとして居ることだ動かない事だ、そうすることによって腹は治まって居る。
しかしものの二時間と立たない内に「キュウキュウ」と虫が鳴き乍ら腹の皮を突つき始めるので、又もや「キリキリ」と痛み出す。
私はフラフラベッドを抜け出し、空の飯盒をダラリと提げて覚つかない足どりで幕舎の外に出る。薄らと暮れかかった草原に黒々と碁石を撒いた様に澤山の病兵達が雑草を求めて這い出して居る。病院では雑草を喰う事を禁じて居るのだが幕舎付近は病兵達の手で食べられる雑草は綺麗に摘み取られて仕舞っている。私は幕舎から二百米程離れた海岸に近い湿地帯に出て田螺より細長い巻貝をやっと二十許り拾い集めて飯盒に入れる。そして又ふらふらと草原の其所此所(そこここ)にある薮に這いずり込んで篠の子を取り、その根元の白い部分を貪る様に齧り、固い筋の処は歯噛んで捨てる。枯れた篠や燃料になりそうな小枝などが見付かると小脇に抱え、よたよたと幕舎に帰る道々草原で羊歯の葉の先の柔らかい部分や食べられそうな雑草の芽を次々に摘み取り飯盒の中に詰め込んだ。幕舎の近くに二三人の番兵が焚火に飯盒を懸けていた。私は「仲間に入れて呉れや」と云い乍らしゃがみ込んだ。一人の兵隊に「もっと焚木を持って来い!」と怒鳴られたので「君達が済んだ後でいいんだ」と彼等の出来上がりを待ち乍ら持って来た少し許りの焚木を焚火に差し込んだ。「どうせ俺のは直ぐ出来るんだから残り火でいいんだ」と云い乍ら、崩れかかった焚火を直したりした。三人の飯盒の中身はやはり雑草らしく、ものの五分と懸からずに出来上がり、むしゃむしゃやり出した。私は残り火に飯盒を懸け焚火の形を直した。巻貝も雑草もそれ自体に持っている水分でものの三四分ですっかり烝せ上がる、それは一把りの食糧に過ぎないので瞬く間になくなる。餓鬼道に落ちた者が食べても食べても未だ食べ足りない空腹とは全く異質で、余りにも空腹な時に少し許り食物を入れると反って腹の虫が空腹をうったえて、泣くのである。但し同じなのは、もっと食い度いと云う苦しみ丈である。私は腹の虫に今日はこれで我慢する様云い聞かせ、幕舎に這い入り担架のベッドに這いずり込んだ。内地なら重病患者で寝たきりであろうにと思ったら急に疲れが出て、ぐったりと眠りに吸い込まれた。 |