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魂は何処へ行く
再度の応召
美しき富士
  
上陸
製塩隊
  薪取り
  汐汲み
  塩炊き
月の海邊
月夜蟹
パンの実
椰子の葉
ミサツプ岬
終戦
  ムッシュ島の日々

野戦病院へのあこがれ
野戦病院
人を呪わば穴二つ
  腹の虫
  灰色のダイヤ
  生き霊
  悔恨
発言(はつごん) お題目
在るやなしや
トカゲ
ヒルの味
環境と教育

天皇陛下
労働組合の社会的責任は何か
晩年、入院中の歌
 
父の遺稿集について
 
附録






 今の私は信仰があるであろうか、かつてニューギニヤの草原に其の日其の日を、いや一日を一瞬を懸命に生き抜いたあの頃、それは原始人の如く、只だ生きることにのみ苦しみ、生きることの為にはどんな苦労も苦労でなかった。純粋な生き方がそこにあった。今日、私は、少し許りの地位と生活安定を得て、少なくとも、現在のインテリゲンチヤのはしくれとして、世間一般の常識に、自分自身の心境まで支配され、今私は、読経をしながらも、それの疑問を持ち、自から馬鹿らしくなったり、色々な事柄を断片に心の片隅に去来させ乍ら読経を続ける自分を発見する。ニューギニアの戦争で体験した、云わば、さずかったと云うより、自然に体験した信仰であり乍らこの様にぐらつくのであるから、苦労と云った苦労のない妻に本当の信仰を理解させるのは困難なことだ。それがなまじインテリゲンチヤ的要素を持って居るから尚更である。私は、私の妻の為に、そして、自分自身の為にこの書を書く。人間の知恵は、今日の文化を生んだすばらしい力を持って居る。だがその知恵の故に、自然の極、信仰の世界を知る事が出来ないのだ。
 私は書かなければならない。私のニューギニアの経験は、私の頭が一時的に妄想に駆られ、それが偶然に実際と一致したのであろうか、私自身これを書いて皆様に判断して頂き度いのだ。




Copyright (C) 1981,1993, 2003 小野信輝, 小野和輝